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八幡神社境内に、犠牲者の鎮魂と慰霊に思いを籠めるとともに、永久の教訓となることを願い、RI第2520地区及びRI第2500地区(北海道東部)の支援により、「津波襲来の地」の碑を建立した。
   八幡(はちまん)神社は、平安時代初期に、奥州を制圧した坂上田村麻呂が末の松山に八幡神社を勧請したのが始まりで、鎌倉時代に現在の場所(多賀城市宮内)に移ったと伝えられています。
   
この度の震災では、海から1km.と近いため、3m.にも及ぶ津波に襲われましたが、幸いにも社殿は鎮守の森に護られて倒壊や流亡を免れた。 その鎮守の森は、潮水を吸って立ち枯れとなり、今全て伐採され、土地の嵩上げや費用の問題もあり、神社の再興は進んでいません。
 
 ・・・・  ブログ「ひーさんの散歩道」より映像をお借りしました。・・・・
 
<震災前>
内への参道にかかる第一の鳥居。両側に松の木が立ち並び、鬱蒼たる鎮守の森へと導かれる。
<震災後>
震災後、鳥居が落下して石の柱だけとなりました。
松の木も枯れかかっています。
<震災前>
神社の象徴木・高野槙を筆頭に鬱蒼とした木立に取り囲まれて拝殿本殿が重厚な佇まいをみせる。
<震災後>
境内に入る第二の鳥居が柱一本だけを残し、すっかり無くなってしまいました。社務所も無人の廃墟と化しています。
 <震災後>
結局、津波を被った木立が  生き返ることは無く、保存樹木でもあるご神木だけを残して全て伐採されています。


すっかり丸裸の境内

神社世話人の皆様と再興を願って。